あしたのジョー備忘録

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Posted by akeru on  | 

尾崎豊の・・

今日、朝日新聞に「最近は、尾崎豊はかつてほど若者の心をとらえていない、との指摘があるが?」
というような内容の記事があった。
尾崎の歌の歌詞は、2003年から一部の倫理の教科書に載っているらしい。(マジデ!知らんかった。)
そこには、「彼の歌が胸をうつのは、彼が自分について問い続けたからだろう」とあるそうだ。
かつては、そのもがく姿に共感し、怒りを共有した生徒達も
最近では、怒りの源がわからない、大人も子供のこと思っているのになぜ反抗?、などの
反応が増えてきているらしい。

学者さんらは、これを物事を知ることで損する事を避けている、
現状に適応し、トラブルなく過ごす事に価値をおく、
という感情が優先しているためであろう。
というようなコメント載せていた。


私はバリバリ、尾崎世代。
コンサートも行ったし、護国寺の葬式も行った。
(けど、出棺には間に合わなくて悔しかったけど)
そういう私でも「若者の代弁者」と言われる尾崎には
違和感を覚えていた。

代弁者というよりも、こんなに自分に意見をはっきり見つめている、
探している、態度で示している、そう、少し先に行く「かっこいいヤツ」だった。
コンサートのMCでもおいおい、って笑っちゃうような臭い台詞もあったし、
ときたま、一人いってしまっているところは、困った気分になったが
いつでも真剣に物事を見ようとしている、
考えを言葉というものにして実体化しようとしている姿は、
のろりとした自分を追い立てるものがあった。

尾崎が急逝して15年もたつのか。
時がたって、自分も「最近の生徒」と同じように傷つかないように
深追いしないように、生きている、と思う。
だから、これは「最近の生徒」じゃなくて「最近の人」なのだ、
といことを自覚するほうが、正しいように思う。

尾崎を聞けば、今もやっぱり血が騒ぐ。
引き戻される気分になる、忘れてなんかいないと思いたい。
代弁者とか、きれいな言葉で尾崎を形容するから
いけないのだと、本当に思う。
曲を聴け!聞いてくれ!
それで、響かなければ、それはそれでよいのさ。
尾崎だって、いいことばっかり言ったりやったりしていないのだから。
お願い、尾崎を変な形に押し込めないでほしい、世間の大人たち。
(そして、そういう自分がもうその大人達という悲しみ。)








なんか何語っているんだよう、自分・・すごく泣きたくなってきた、
BGMの尾崎のせいかなあ、ばかみたい。

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